※今回の記事はメモ帳に貼りつけてから読んだほうが読みやすいよ!※
秋葉原で神輿を作ったというニュースをアド街で見た。
有志から寄付をつのり、マンガやアニメグッズ、電化製品やメイド服などを張り付けごってごてにした後、大量のコスプレ女性やメイドさんに運ばれ神田明神に運ばれたという。
一瞬、馬鹿げているとしか思えなかった。
しかし神輿のセンターに「らきすた」「NHKにようこそ!」に挟まれ「大東京トイボックス」が飾られていたのを見て我に返った。
そしてふと思う。この状況、ひょっとして面白いんじゃないだろうか?
ここで目をつけるべきは「この神輿は何を祭ったものなのか」という事だ。
神輿を担ぐという事には、神が神社を離れ神領を見て周るということ。大名を乗せた輿が城下を周ると考えれば分かりやすい。
つまり、神輿を作り担ぐのなら、その神輿に宿すべき神がいなければならない。
大抵その神は神社の祭神や五穀豊穣の神を乗せたものだが、このアキバ神輿の方向性は明らかにそれらとは異なっている。
この神輿は「秋葉原」──否、「アキバ」の象徴。つまりこの神輿は、一種アキバを神格化していると言えないだろうか。
海や山、石や木にさえ神が宿る日本という地。秋葉原という地が時代の流れとともに、オタクにとっての「神」そのものとなったのなら、それは非常に興味深い動向だと思った。
さておき。
メイド喫茶ってメイドさんが働く喫茶だよな。だったらメイドらしくしてくれよ、と思う。
メイド喫茶を経営するのなら少なくとも森薫は全巻読んでおくべきだと思う。そうすりゃ少なくとも「萌え萌えキューン」とかは絶対に出来ないはずだしな。
つーかぶっちゃけ二次元においてあんなメイドを一度たりとも見た事がないんだが、メイド喫茶のメイドのキャラって一体どこから沸いて出たんだ?
とか思ったら二年六ヶ月前の俺がかつてブログにすごくいい事を書いていたので転載してみる。
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この間チャンネルを回したら、「萌え~」という字幕とともにメイドのコスプレをした女性達が映し出されていました。
根本的におかしくないか?これ。
だって元々「萌え」ってのはいわゆる萌え二次元画像を見たとき、「この画像を見ると俺の魂が熱く燃え上がる」って時に書き込まれた「燃え」の誤字から、「こっちの方がそれっぽい」となって成り立った物なのであって、ゲッターロボなら「燃え」水月なら「萌え」(そもそも水月もいわゆる「萌え」のみが目的で作られたわけではないから、ここで出すのも失礼な話だが)と言う風に、区分されてはいるが同音異語であるのはその時の名残に他ならない。
本題に戻ろう。何故メイドのコスプレをした女性に対し「萌え」がおかしいのかと言われれば、それは「まるで萌えられりゃしない」からである。実際メイドコスの惨事(三次元。つまり現実の女性)に萌えられるほど俺は堕ちてないし、ほとんどのそういう方はそうだと思う。第一、「萌え」という字幕を使うなら提示すべきは一般的によく「萌え」と言われる二次画像の筈であり、わざわざ惨事のメイドを使うのがおかしい。
何故惨事のメイド使うのか?それは、それが一般的だからである。
いわゆる「オタク」以外の一般的な方々は、「オタク」や「秋葉原」と言ったワードから連想するのはまず「メイド喫茶」であろう。だから使うのだ。例え本質的にそれが字幕と一致してなくとも。
そしてその字幕を見た人々が、更に「オタク」=「メイド喫茶」の式を強める事になる。悪循環である。
これは「オタク」の差別化にもつながる。例えばどこかの席で自分の事を「オタク」といえば、きっと相手はメイド喫茶で緩みきった表情でメイドと「萌え~」と言っているその人の姿を連想するであろう。すると相手はその人と距離をおくようになる。当たり前だ。「オタク」と言うだけで人が離れていくのはこう言った要素がある。
ま、実際のオタクも四六時中パソコンや同人の前に座ってニヤニヤしてる訳だから大差ないっちゃないのだが、少なくともオタク=メイド喫茶の式は解消すべきであろう。
だから俺はメイド喫茶が嫌いだ。
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長文書きつづる癖は変わってねえなあ、俺。
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