俺は授業の帰りにその足で豊平川を渡り、狸小路へと足を向けた。
知人の紹介でアルバイトの面接を受けることになっていたのだ。
やれやれ…自転車で走るには向かない通りだ。
しかし時間に余裕があるとはいえ、遠回りする時間もないしな…
人込みをかき分けるようにハンドルを切っていると、
一角にそこだけぽっかりと穴でも開いたような不思議な空間を俺は見つけた。
ん?なんだいコレは…
おや、駐輪場か。狸小路ど真ん中に作るとは贅沢な造りだ。
うん、ちょうどいいな。面接は長引きそうだし、路駐は気が咎める。
場所までそう遠くないし、ここに止めていくことにしよう。
緑ベースのやけに殺伐とした駐輪場に自転車を停め、
俺はバイトの面接先へと足を向けたのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…やれやれ、受けたはいいが散々な結果だ。
紹介してくれた彼には悪いが、これで受かってたら逆に雇用基準を疑うってもんだな。
芳しい結果の出なかった面接にため息をつきながら、俺は裏口からそのビルを後にする。
時刻は21時を回っていた。降りしきる風を身に浴びながら、夜の街へと歩を進めた。
…夜のススキノ、か。
今更家に帰って何か食う気分でもないな。ここはひとつ、気晴らしに何か食って帰るか。
とはいえ何を食うか…一介の大学生が一人で居酒屋に入る度胸は流石に無いなあ。
寒いし、何か暖かい物を…そうだ、ラーメンでも食べに行くか。
二年程前、父に連れられて食べに行ったラーメン屋が近くにある。
狸小路七丁目からもうひとつ西に行った通りの向こう、古めかしい赤提灯の吊り下げられた平屋に俺は向かった。
がらがらとやかましい音を立ててガラス戸を引く。
店内は狭く、引き戸から一歩踏み出せばそこがカウンターだ。
俺が入った事で元の客が席を詰める。
「いらっしゃい」
「あー…醤油」
「ハイ、かしこまりましたー」
手狭なほど単純な構造の店、メニューも醤油と鶏塩のみ。
うん、このくらいシンプルな方がいいな。
観光客でもあるまいし、変に凝った物よりハズレがなくていい。
改めてメニューを見直すと、気になる文字が躍る。
…ん?なんだこれ…「ねぎ飯」?ほう、青唐辛子が入っているのか。
こりゃあいい。どうせライスも頼むつもりだったし、これにしよう。
「スイマセン、ねぎ飯も」
「あっ…すいません、ネギがもうないんですよ」
なんと。
…まあ、もう夜の9時も回ってるんだ。
小さな店だし、仕方ないのかもしれないな…。
「…じゃあ、ライスで」
「あっ、はい。ライス追加」
それからしばらく待つと、大きめのお椀に盛られたライスと漬物が出された。
真っ白な茶碗に盛られたライスは、清潔な感じがして好感が持てる。
おいおい、ライスだけ先に出されてもなあ。
先に漬物で食えっって事じゃ…ないよなあ、やっぱり。
…ライスの湯気がもったいないなあ。
はやくラーメンが来ないだろうか…。
「お待たせしましたー、どうぞ」
おっ!来た来た。
醤油ラーメンは、今では珍しいくらいに簡単な形。
具材はチャーシュー二枚と細切りメンマ、
海苔が一枚と、生の春菊がスープに乗せられていた。
うんうん、素朴でいいじゃないか。
変にくどくなさそうだし、期待できるぞ。
……うん、醤油スープが美味しい。
冷えた身体によく効くなあ。ライスと合う。
細切りメンマの歯ごたえもいい。薄味でスープと合っているな。
チャーシューも最初は薄いと思ったが、
これもまた、全体と釣り合いが取れて食いやすいじゃないか。
そうしてしばらく食べ進めていると、
やがてスープの中で一際目立つ生の春菊にたどりつく。
ううん、こりゃあインパクトあるなあ。
青臭くなってたりしないだろうか…。
…うん?こりゃあいい!
春菊の味わいがすっごく爽やかだ。
醤油の雰囲気がまた少し違った物になったぞ。
ライスと醤油ラーメンの相性は非常によく、
俺は夢中になって食べつづけた。
しかしいい店だ。狭いけど、なんというか、それがいい。
戸を開けると北風が少し入り込んでくるのも、暖かい体にいい刺激になる。
やがて俺はどんぶりを空け、完食する。
時間のせいか、この頃客は俺一人になってしまっていた。
「ご馳走様」
「ハイ、ありがとうございましたー」
俺はいそいそと荷物をまとめ、ガラス戸を開け外へ踏み出す。
少し凪いだ優しい風が、俺の体を軽く撫でた。
…雪、か。
はは、なかなかいい光景じゃないか。
気がつけば、ちらほらと雪が降り始めている。
俺は得体の知れない満足感に身を浸しながら、
煌煌と照りつける狸小路のゲートへ歩いていった。
赤い水銀灯に照らされた細雪が、ひらひらと夜空を舞っていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿