例大祭──
それは東方を愛する者たちが集まって売ったり買ったりする凄まじいお祭りである───
さて時は受験終了から幾日。
のんべんだらりとニート生活を送っていた俺に、母親がこんな話を持ちかけました。
「十日から十四日まで、東京の実家に帰省する?」
がばっ、と顔を上げて覚醒する蛇足。
十日から十四日──例大祭は十三日じゃないか!
自由時間など頂けた日には、例大祭に首を突っ込みあわよくばルーミア合同誌などを手にする事も不可能ではない…っ!?
母はこうも告げました。
「今回は母さん(祖母)のお見舞いだけだから、アンタせっかくだし東京見物してきたら?」
うっひゃあああああああああ!
なんという僥倖!偶然?否、必然!
一人暮らしするまでノーと思われていた「東京の大規模即売会」にまさか高卒の身で参加できる日が来ようとはーっ!
早速ネットで事前情報をチェキ!
ふむふむ…カタログ購入は事前に行っておいた方がいいのか…
確かに。なにしろ相手は東京である。
当日にカタログを購入するなど、北海道のクソ田舎モンにはちょいとレベルの高い試みだろう。
と、そこでふと生粋の「不幸の勘」がぴきーんと働く。
「……カタログって…まだ残ってたっけ…?」
あの緑色の果実の店や、シマシマ模様の動物の店は最近尋ねたばかり。
そういや二週間くらい前に分厚い本が売られてたけど、この間行った時は…?
嫌な予感が渦を巻く。そう、俺の人生は大抵が持ちあがって落とす式。
まるで漫画のようなオチに愕然とするのが、俺と言う人間のパターンなのだ。
その日は日も沈んでいたので、大人しく就寝。
明日ダッシュで在庫を確認しに行き、駄目だったら諦めよう…と、
明日に備えて絶望の練習を布団の中でしておく俺。
そして翌日である。
目が覚めてすぐに出かけようと思ったが、「金髪縦ロールお嬢様ツンデレ」という電波を受信してしまい、二時間かけて妄想一本書きあげる。
上げるべき所に上げてから速攻で家を出て、バスへ。
中央区へ到達。まずはマスコットキャラがアニメ化された事で有名なあの店へ。
四も五もなく店員に話しかける。
「すいませーん、例大祭のカタログってまだありますかぁ?」
「ああ、はい…売り場はこっちになります」
そう言って俺を誘導する店員。…これは…キタか…!?
「…あれ?えー…すみません、無いみたいです」
おいいいいいいいいい!
無いみたいですじゃないだろこらああああああああ!
いや分かってたけどね!?
例大祭四日前だもんね!?
カタログ売れて当然だよね!?
涙を堪えて次の店、緑色の果実の本屋さんへ。
ここではカウンターへ直行し、すぐに聞く。
「すいません、例大祭のカタログってまだありますか?」
「あー、ちょっとお待ちください…」
応対した眼鏡のにーちゃんが奥へ引っ込み、どこかへ電話を掛ける。
俺はただ、ひたすら祈る。
──頼む、あってくれ…っ!
兄ちゃんはやけにあっさりと電話を切り、俺に告げた。
「すいません、完売みたいです」
あーそーですかありがとーございましたー。ケッ。
だいぶ捨て鉢になりながら、次の店・タイガーホールへ。
…やはりというか、同人誌売り場の一番目立つ位置に俺が求めている「それ」が無い。
売り場を二、三周してから店員の眼鏡の可愛いねーちゃんに話しかける。
「すいませーん…例大祭のカタログってありますかねえ…?」
「あ、少々お待ち下さい。…すいませーん!例大祭のカタログってー!」
眼鏡のねーちゃんが奥へ声をかける。
しかし、それを最後まで言い切る前に近くの女性眼鏡(やや太め)がこちらを見ずに告げる。
「完売でーす」
お前に聞いてるんじゃねえんだよこっちはぁっ!
そんな投げやりに言うなぁっ!
「あ…すみません、完売みたいです」
「あ、そうですか…ハハ、参ったな…」
さも自分が「すごく困っている人」のように振る舞い、さっさと虎穴から脱する。
どこかの紳士が「キミはカタログが欲しいのかい?僕のを一つあげよう」と言ってくれるのをひそかに期待したが、そんな事実は起こり得ない。
その後、本来は取り扱っていない筈のお店・動画同志へ向かう。
もちろん、ここに売ってはいなかった。そもそも期待してなかったけど。
さあ、これで三件巡って全アウトである。
北海道のクソ田舎なら売り残しがあるかと思ったが…いかんせん、俺の予想が甘かったようだ。
ここで諦めたいところだったが、可能性が残されている限り俺に諦観は許されない。
この時期の例大祭、この時期の帰省、そして十五年間の帰省生活において初めて許された自由時間。
これだけの好条件が揃っているのだ。
神は俺へ言っている、そう、例大祭に向かえと!
最後の砦・MANだらけへ向かう。
ここに無ければ正真正銘、俺の知る限りで例大祭カタログを置いている店は無し、と言う事になる。
念仏を唱えながら狸小路を突き進む。御仏の仏徳にもあやかりたい気分だったのだ。
そうして歩いていると、ふと目の前に僧侶が見えた。
狸小路では割とよく見る光景だ。
あたりのとっ散らかった風景の中で身動き一つせずに念仏を唱えるその僧侶の姿だけがひどく浮いて、まるでそこだけ風景が切り取られたかのような印象を受ける。
こちら仏に祈りたい気分だ。ちょうどいい。
初めての試みだったが、俺は懐から20円を出し差し上げた。
坊さまは深々と頭を下げ、袖から直筆で一言書かれた御利益のありそうな厚紙を差し出す。
そしてしわがれ声で「今度はもっと多く入れてな。これ、一個12円掛かってんのよ」と冗談交じりに呟いた。
坊さまの意外な人間臭さに思わず苦笑いする。
赤い羽根募金と同じ感覚でやってしまったが、どうにも勝手は違うようだ。
なんにしろ、心の安寧は成った。
仏様にもすがったのだから、これで無けりゃ縁が無いと開き直る事も出来よう。
俺は狸小路を抜け、MANだらけへ向かう。
口の中で一心不乱に念仏を唱え、ひたすらカタログとの縁を願った。
そしてカウンターへ。
「すみません、博麗神社例大祭のキャ…カタログってありますか?」
「え…東方のですか?」
「ああ、はい」
「ちょっと待ってください…○○さーん!」
女性店員が担当らしいロン毛のにーちゃんを呼ぶ。
「カタログですか?まだ返品してなかったと思います…売り場こっちなんで」
にーちゃんは随分と気のいい人だった。
東方に理解あるらしく、にやりとした口調で
「行かれますか」
と尋ねてきたので、俺は
「ええ。…売っていたら、ですが」
と答えた。
「ええと、確かここに…あれ?」
売り場に到着するも、そこにカタログの姿はない。
売り切れ──最悪の落ちが脳裏をよぎり、ええもう分かったよ売り切れだろちくしょうと誰に言うでもなく呟く。
先に最悪の想像をしておくことで本来そうだった時のダメージを和らげる、いわゆる絶望の予防線だ。
「おかしいな…確か…あ、少々お待ち下さい」
品であふれるMANだらけの中をしばし歩く。
しかしカタログは見つからず、にーちゃんは別のカウンターへ行き偉い人と思われる人に聞いた。
「××さん、例大祭のカタログって返本してませんよね?」
「ああ?してないぞ。…上に置いたぞ、上」
「上…?ああ!」
と、何かに気づいたにーちゃん店員。
とって返し、一番最初に通り過ぎた通路へ。
平台ではなく、棚。
てっぺんに堂々と居座るように──それは、居た。
第 八 回 博 麗 神 社 例 大 祭 カ タ ロ グ !
「売っててくれて…ありがとう…ございます…っ!」
「いえいえ。じゃ、頑張ってください」
感極まる俺に苦笑しながら去りゆくにーちゃん。
ああ──生きていてよかった!
にーちゃん店員の話によると、四日前ともなると主催側に売れ残りのカタログを返本するのが普通なのだと言う。
まさにベストタイミングである。もし三時間ほど買うのが遅れていたら、その時は既に返本処理されていたかもしれないのだから。
MANだらけを出て、片手にはカタログの入ったビニール袋。
俺は心の中でそっと呟いた。
「神は言っている…例大祭に参加せよと…!」
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